東です。何年かぶりかのビットコイン研究所へのコラム寄稿です。
実は今裏でAndGoさんと協力してビットコイン研究所のコンテンツの改善や再拡大を一緒に目指していくということで、色々自分の方も調整、動き始めています。今回の記事もその一環で、これから自分の方でもビットコインのビジネス観点の分析や解説を中心に研究所向けに少しづつ記事を書いていくことになると思います。なお、これから1〜2ヶ月ほどは実験と宣伝も含めて自分が書くコラムは無料で全て外部でも公開します。
さて早速ですが今回のテーマはAIとビットコイン/ライトニングの組み合わせの可能性についてです。ちょうど最近このテーマに関連する技術アップデートや記事などが出てきたこともあり、今ライトニング界隈では最もホットなテーマですね。
要約
- 大量のデータをやりとりするChatGPTなどのLLMにクレジットカードなどの既存の決済手段では上手く対応出来ない課題が多く存在する
- 特に決済コスト、スピード、プライバシー、中立性などの特徴を有した新しいAIデータ経済圏を支える決済技術が必要で、ビットコインとライトニングはまさにその条件に合致しており、今後特にオープンソースベースのLLM開発の重要なピースになる可能性がある。
- AIエージェントがライトニング決済対応をすることで、ボット/マシーン同士が自動的に裏で交信し相互にデータや計算リソースを融通、売買するモデルがビットコイン界隈で現在注目されており、Lightning LabsなどもAI開発者向けのツールの提供などに力を入れ始めている。
- その他のコインやチェーンでも同様の機能を提供することは可能だが、グローバル性、検閲耐性、スケーラビリティなどの面を考えるとビットコインとライトニングがAI向けの決済にとって現状最適と言える
- Lightning x AIはすぐに利用が進むわけではなく、数年開発やユースケースの創出に時間がかかることが想定されるが、ライトニングによるマイクロペイメントとデータマーケットという組み合わせは今後重要な領域に成長する可能性が高い。
ChatGPTの衝撃とビットコイン
みなさんご存知の通り今年に入ってからChatGPTの出現により、本格的なAI、LLM(大規模言語モデル)ブームが来ています。ブームというよりはもはや革命と言ってもいいくらいです。
実際自分もChatGPTをすでに仕事やコンテンツ作成で一部利用していますし、まだ全て完璧に思い通りに動いてくれるような代物ではないにせよ、すでにその利便性やインパクト、ポテンシャルは自分個人としても衝撃を受けています。これが今後さらにすごいスピードで進化していくと考えると、「すごい!便利!!」が半分、もう半分は正直ついていけるかどうか怖いくらいです。
これを受けて人によってはWeb3に早々に見切りをつけてAI業界に転身しているような人たちもいますし、実際社会的な意義やインパクトで見ても現状投機需要から抜け出せていないクリプトやWeb3より重要、と言われても特に自分も否定できません。
とはいえバズワード化してしまったWeb3はともかく、実際にはビットコインとAIは本来全く違う課題解決やユースケースを持ったもので、どちらが大切というよりは今後この2つの領域がクロスオーバー、融合することで新しい化学反応が起きていくという主張がここ最近ビットコイン界隈で注目され始めているのです。
AI(LLM)が抱える決済面の問題
ChatGPTを始めとするLLM(大規模言語モデル)には現状色々課題も多く存在しますが、こと計算コストと決済という点に絞ってここでは考えます。
無料版でコストを意識せずにChatGPTを試している人も多いと思いますが、ユーザーがChatGPTに質問やリクエストを投げかけるたびに裏ではGPU上でテキスト解析や機械学習などの計算が発生しており、そこには処理コストが発生します。
この計算コストはどれくらい複雑なタスクを要求するか、Promptや回答の長さ次第のところもありますが、一部専門家の推定では一つの回答に付き36セントほどコストがかかるという試算も出ています。これはなんとなくの想像より結構高い、というのが一ユーザーとしての自分の感覚です。
このコストを下げるためにハードウェアを強化したり、統計モデルを改善したりなど色々方法はあると思いますが、最終的には利用者側に計算コストを負担させる必要があり、ここでAIの決済という壁にぶち当たります。
現状ではChatGPTはクレジットカード支払いで月20ドルのサブスクリプション+フリーミアムモデルを提供していますが、これにはいくつか問題があります。
まず一つにクレジットカードの利用はチャージバックや不正利用などが発生し、その対応だけでもコストやリスクはかさみますし、数円〜数十円の大量の小規模の支払いリクエストの処理をするのには向きません。
またクレジットカードは基本的に銀行口座の存在などを前提としていますが、世界には銀行口座を持てない人たちが数多くいること、また特にセンシティブな内容をやりとりしたい時などに支払い部分のプライバシーが存在しないことも好ましくありません。
これはChatGPTのような企業が提供するサービスにとってもすでに一部問題になっていますが、今急ピッチで開発が進んでいるオープンソースのLLMの発展にとっても大きな障害になってしまう可能性があります。
例えば、オープンソースベースのAIボット/エージェントは人間ではないのでそもそも銀行口座は作れませんし、オープンなネットワーク上でグローバルに稼働するのが理想なAIが、銀行、クレジットカード、Paypalの規約などにより検閲されたり、制約がかけられるようになるとその真価を発揮できなくなる可能性があります。
まとめると、全く新しい生活様式や働き方、革新的なデータ市場を今後創造していくAIにとって、既存のペイメントシステムはコスト、スピード、プライバシー、オープン性、中立性、検閲耐性などの点で限界があると言えます。
ライトニングはAIにとって最適なペイメント技術
ここまで読んでビットコインやライトニングについて一定以上理解している人なら上記のAIの決済の問題とライトニングは非常に相性がいいことが直感的にわかると思います。
そう、ビットコインは中立で検閲耐性があるデジタルネイティブな通貨であるだけでなく、その上のペイメントレイヤーであるライトニングネットワークは高速、安価、プライベートなマイクロペイメントを可能にします。これはまさに上記で説明したAIが必要な決済レイヤーの条件に合致していると言えます。
そしてこのアイディアを実現するために少しづつ開発環境も整ってきます。
先日Lightning LabsはL402プロトコルと、ライトニングネットワークに対応したLLMを構築するための開発者向けのソフトウェア群を公開しました。
L402プロトコルの技術詳細は次回以降加藤規新さんにお願いできると思いますが、簡単に言えばAIへの支払いや認証がライトニング決済でシームレスにできるだけでなく、ボットにライトニングウォレットの機能が備わることでボット同士(Machine to Machine)が自律的にデータや計算リソースを融通、売買したりするようなことが可能になっていくということです。
これはかなりすごい、画期的なコンセプトだと思います。
今まで人間が決済をすることがメインの想定であったライトニング決済が、AIエージェントなどのマシーン間のデータのやりとりで真価を発揮する可能性が出てきたということです。
LLMで良質な回答を引き出すには良質なインプット(データ)が必要になるわけですが、これらのデータインプットやアウトプットに対して細かい値付けやペイウォールの設定、大量のデータのリアルタイム売買などはスケーラビリティやセキュリティの要因などでライトニングが出てくるまでは難しかったです。
もし仮に全てのAIエージェントやデータソースががライトニング決済に対応した場合、自分のために最適化されたオープンソースAIモデルが裏で常に必要なインプットを最適な値段でライトニング決済で外部から調達、売買、マネージしてくれて、常に最適な回答を導き出してくれる、そんなような世界がイメージできます。
実際にはそこまで単純な話ではないにせよ、ChatGPTの出現で本格的にこれから立ち上がっていくデータ市場やMachine to Machineの市場において高速、安価、スケーラブルで中立的な決済手段、つまりビットコインとライトニングの親和性の高さは明らかでしょう。
他のコイン、チェーンではだめなのか?
厳密に言えばビットコインとライトニング以外でもスループットの高いレイヤー1チェーンやレイヤー2技術はありますがそれらでは駄目なのでしょうか?
SolanaやPolygonのようなレイヤー1チェーンは現状では一日数百万Txくらいは問題なく捌けているようですが、現状でも一時的にTx数が増えるとチェーン全体がダウンすることもありますし、今後AIデータ関連のTxがここからさらに数十倍、数百倍になったときにオンチェーンスケーリングで対応できるとは思いません。
例えば、現状ChatGPTのユーザー数は約1億人と推定されており、仮に平均で1ユーザーが一日で1つのクエリを作成するとしても、必要なトランザクション数は現在でもすでに一日1億Tx。将来的にはこの10倍、100倍の大量のトランザクションをオンチェーンで分散性や安定性を失わずに捌けるかというと非常に懐疑的です。
それに対して、オフチェーン決済技術であるライトニングは理論上は無限のスケーラビリティを発揮する事が可能で、AIのデータマーケットのように大量、少額、リアルタイムな決済が必要となる場面で特に理に適っています。
Rollupなどのライトニング以外のレイヤー2技術もAI向けの決済に利用される可能性はありますが、これらも少なくとも現状はライトニングほどの検閲耐性やコスト性能、スケーラビリティは得られません。
また、SolanaやMatic、またトークンを発行しているレイヤー2系のプロジェクトは証券認定されるリスクが高く、それゆえにAIマーケットのグローバルな基軸プラットフォームになるのは難しいでしょう。
少し違う見方をすれば、ビットコイン/ライトニングと比較したときにそれらのチェーンの優位性はトークン発行やスマートコントラクト機能であり、それがトークン価格の向上や成長の原動力になっているわけですが、AIのデータ市場の決済に最も重要なのはトークン発行などの機能ではなく、よりシンプルな高い送金性能、スケーラビリティに他なりません。ライトニングはまさにそこに上手くフィットしている技術と見方も出来ます。
今後の発展とビジネス利用について
AI X Lightningの議論や実装はまだ始まったばかりですぐに爆発的に利用が増えるわけでも、実用的なキラーユースケースがすぐに出てくるわけでもありません。
現状では大部分の人はChatGPT Plusのクレジットカードのサブスク決済で十分満足していますし大きな問題は感じていないでしょう(かくいう自分もクレカでChatGPT Plusを問題なく使っています)
実際ライトニング決済とAIの組み合わせの効果が大きく感じられるようになるのは、金融インフラへのアクセスが限られた人たちも当たり前にAIを利用する状況が来た時、オープンソースのLLMの開発が進み、より特定領域に細分化、チューニングされたボットが生まれ、そのメンテコストの支払いにクレジットカードの長い支払いサイクルでは対応できなくなってきた時、などでしょうか。
いずれにせよ数ヶ月でキラーユースケースが出るなどの話ではなく、1〜2年くらいかけて少しづつインフラが整い、オープンソースモデルの基盤となる技術として成熟化させていく、くらいのタイムスパンで自分は考えています。
最後にAI × ライトニングの領域がいずれ来るのはほぼ間違いないと自分は考えていますが、その前提で自分たち個人や企業レベルでの直接の影響はあるでしょうか?
まずパット思い浮かんだのはルーティング市場への影響。
特に取引所やウォレットなど現状ライトニングトランザクションの多くを発生させているエージェントとは全く異なった、データのインプット・アウトプット用の大量のマイクロペイメントを発生させる「AIボットノード群」が出てきた場合、ライトニングのルーティングノードの競争環境は激変し、ルーティングノードにとって新たな収益機会になると思います。
特に取引所などの大きなノードへのキャパシティやお金の流れの集中はライトニングの一つの問題として認識されているのですが、今後無数の小中規模のAIボットノードが出てきて、そこがメッシュのように繋がって、ルーティングノードにSatsが落ちてルーティングの分散化が実現される可能性があると考えたら面白いですね。
他にも色々影響や戦略は考えられると思いますが、少なくとも今後ライトニングの普及やユースケースを語る上でAIとデータ領域への応用は確実に外せなくなってくるのは間違いないと思うのでフォローしておく価値はあるでしょう。