本記事では、Bitcoin が初期から抱えてきたスケーラビリティ問題に対しどのように向き合い、どのような経緯を経て克服してきたのかを振り返ります。さらに、その延長線上にある Ark や Spark といった新しいオフチェーンプロトコルが、なぜ現在注目を集めているのか、その背景を整理します。

私自身、最近日常的にBitcoin決済を用いる機会が増え、その決済体験のスムーズさには毎回感動させられます。その快適なBitcoin決済の背景と裏側にあった問題とその克服までの歴史を整理しました。

Bitcoin のスケーラビリティ問題とは何か?

Bitcoinのスケーラビリティ問題とは、増え続けるトランザクション量に対してブロックサイズが小さいために処理が追いつかず、送金遅延の発生や手数料の高騰が起きる課題のことです。

初期のBitcoinでは約10分ごとに、ブロックサイズが最大1MBのブロック生成が行われていました。

Bitcoinの処理能力は1秒あたり数トランザクション程度が限界で、世界規模で利用が広がった場合における膨大なトランザクションを処理しきれないのではないかという懸念が初期の頃からされていました。

2013〜2017年頃、Bitcoinがメディアなどで取り上げられ、注目が集まりバブルが始まったことにより、スケーラビリティ問題が現実化しました。

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2017年前後に最初のピークを迎えたMempoolサイズ / 出典: mempool.com
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2017年前後に最初のピークを迎えたトランサクション手数料 / 出典: https://www.blockchain.com/explorer/charts/transaction-fees-usd

取引量が増えたことにより大量のオンチェーントランザクションでMempoolは溢れ、手数料が高騰して行きました。承認待ちが数十時間〜数日になることもあり、1トランザクション数千円の手数料が必要なこともありました。

「Scaling Bitcoin」は重要なキーワードとなり、この用語を引き合いに「Bitcoinの成長はすでに頭打ちだ」と批判されることもよくありました。

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Bitcoinフルノードのストレージ肥大化もスケーラビリティ問題の一部として捉えられています。ストレージ要件が高まりフルノード運用者が減ることで分散性が低下し、Bitcoinの安全性低下に繋がるため、スケールの問題とも捉えられるからです。本記事ではストレージ肥大化にはフォーカスしません。

解決案1: ブロックサイズの拡大

解決策1,2の概要図

Scaling Bitcoinの単純な解決案の一つにブロックサイズを最大8MBに拡大し、ブロックに格納できるトランザクション数を増やすという方法が提案されました(BIP-101)。

しかしブロックサイズ拡大は、「ブロック伝搬遅延による不公平性の拡大」と「セルフィッシュマイニング攻撃の助長」、また「ハードフォークが必要になる」という問題がありました。

ブロックサイズ拡大の問題点1:伝搬遅延の増加によるマイナー間の不公平性が生じる

ブロックサイズが大きくなるほど、Bitcoinノード間のブロック転送にかかる時間と、署名検証などの処理を行う時間が伸びるため、ネットワーク上でのブロック伝搬に時間がかかります。伝搬遅延の増加は一部のマイナーにとっての不公平な構造を生み出します。

新しいブロックを見つけたマイナーは、新たなブロックのマイニングにすぐに取り掛かることができます。つまり、新たなブロックを受け取るのが早ければ速いほどを次のマイニング処理のスタートダッシュを速く切れるというアドバンテージを得られるということです。

巨大なマイニングプールなどでは地理的に集中した環境で、マイナーノード間を高速なネットワークを誓って新しいブロックを共有する一方で、中小規模のマイナーはブロックを受け取るのが遅れるため不利な状況になり得ます。

ブロックサイズ拡大の問題点2:セルフィッシュマイニングの助長

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出典: Majority is not Enough: Bitcoin Mining is Vulnerableより引用

一部のノードのみが新たなブロックを優先的に受け取ることができるという状況は、攻撃に悪用される可能性があります。この代表例がセルフィッシュマイニング攻撃と呼ばれています。

高速なネットワーク環境を有する攻撃者が、先に受け取った新しいブロックを他のマイナーに共有せずに攻撃者が保管します。他のマイナーは公開されている古いブロックを基に採掘を続ける一方、攻撃者が採掘するチェーンを先行する形で伸ばします。そして有利なタイミングでまとめて攻撃者のチェーンを公開し、正規チェーンとして採用させることで、自身の報酬獲得割合を過剰に押し上げることができます。

この攻撃が成功すると、ブロック報酬の偏りや小規模マイナーの撤退による マイニングの中央集権化の加速 につながると指摘されています。

ブロックサイズ拡大の問題点3:ハードフォークが必要

ブロックサイズの拡大が決まった場合、これまで1MBまでのブロックを受け入れていたノードに8MBのブロックを受け入れさせるルールの変更を必要とします。ブロックサイズの変更は全てのノードに対する変更パッチが必要になり、今まで動いていたノードはルール変更を受け入ない限り取り残されてしまう危険があります。

解決案2: Layer2ソリューションの実現

ブロックサイズ拡大とは別のアプローチによるスケーラビリティ問題の解決策として、Bitcoinとは別の決済用のネットワークを構築する Layer2ソリューション が注目され始めました。

Layer2ソリューションを用いることで、基本的な送金はオフチェーンで行い、オンチェーンに書き込むトランザクション数を減らすことが可能です。

BitcoinのLayer2ソリューションと聞くとLightning Networkが真っ先に浮かびますが、Layer2の議論段階ではLightning Network以外にも検討されていたプロトコルがいくつもありました。

本記事で詳しく解説はしませんがSpilman ChannelsDuplex Micropayment Channelsなどがあげられます。また、広義なLayer2としてDrivechain(BIP300/301)やRootstockStatechainsなどのサイドチェーンも期待されていました。

Lightning Networkの提案: 実現までの障壁

Lightning Networkの抽象イメージ

2015 年、Joseph Poon と Thaddeus Dryja によってLightning Networkを提案しました。

LNの提案当初はすぐに実現することは叶いませんでした。その原因として、トランザクションのmalleability問題というものがありました。

malleability問題は本題ではないのでかなり省いた説明をしますが、トランザクション全体のハッシュ値を元にそのトランザクションに対して付番されるTXIDは、署名部分を改変することでTXIDが変化し、別の送金トランザクションとしてすり替わってしまう問題です。

トランザクション展性(マリアビリティ)とはなにか?何故問題か?Segwitでどう解決するのか?
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malleability問題がLNにどのように関係するかというと、LNではオフチェーンで連鎖したトランザクションを作り、オフチェーン送金を実現しています。オフチェーントランザクションに署名を付与することでTXIDが変化し、トランザクションの連鎖関係が崩れてしまいます。

当時のBitcoinではmalleability問題が解決できないため、LNの実現は不可能でした。

2017年: Segwit導入

Segwit(BIP-141)は、Bitcoin の署名データをトランザクション本体から切り離し、witness として別領域に格納する仕組みです。SegWitでは、Bitcoinではソフトフォークで導入が可能なように、旧ノードが従来と同じルールのままでも、SegWit トランザクションを有効と判断できるよう、プロトコル設計が工夫がされました。

基礎からの解説、ソフトフォークとは?、Segwitのデプロイをめぐる動き(UASF、Segwit2x)、2Mハードフォークの行く末まで
今週は質問特集に加えまして、UASFとSegwit2xの動きについての続報を解説します。 基礎から時系列に辿って解説しますので、これで、わからなかった方も分かっていただけると思います。 そもそもソフトフォークとは? まず、そもそものソフトフォークについて、簡単に理解をしましょう。 ビットコインは日々改善されているのはご存知のとおりです。バグが取れたり、新しい機能が追加されたりと。その中でも、大きな改修や、アップデートになる機能が追加されることがあります。 たとえば、過去で見ると、「マルチシグ機能」です。大きなアップデートですよね。 最近でいうと、CHECK LOCKTIME VERIFYとCSVと呼ばれる機能。これはマニアックな機能ですが、有る特定の日やブロックが訪れると有効になるといった時限トランザクションを作ることができる機能です。 とりわけ、マルチシグや、CHECK LOCKTIME VERIFYとCSVというのは、新しいルールの追加になります。これらを「コンセンサスレイヤーの改修」と呼びます。コンセンサスというのは、つまり、ブロックチェーンの根本の部分に関わ

一応触れておきますが、この時期(2017年8月)にBitcoinから分離離脱しBitcoin Cashが生まれました

ハードフォークを起こしてブロックサイズを拡大する派閥が、独自のルールを取り入れて新たなブロックチェーンを既存のBitcoinブロックチェーンに繋げていく方針となりました。

実質的なブロックサイズの拡大と容量

Segwit の導入により、署名データの検証作業の効率化により、実質的なブロックサイズの拡大も実現可能になり、Bitcoinブロックのデータ量は最大4MB程度になりました。

SegWit導入後は実質的にはブロックデータ量が増えるので、懸念されていたようなブロック伝搬遅延が発生するように思えます。

しかし、SegWitと同時期に Compact Block Relay (BIP-152)などの新たな伝搬高速化プロトコルも導入されたため、伝搬遅延が著しく改善され、Segwit導入後も大きな問題にはならないことが検証されました

Bitcoin スケーリングの現在地:LNの普及と問題

Segwit導入により、TXID が署名領域の影響を受けなくなりmalleability問題が解決されたことで、Lightning Network は安全に動作できるようになりました。

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LNノード数の推移 / 出典: bitcoinvisuals.com

2025年現在、LNノード数は約15,000ノードでここ数年間ほとんど変化なく安定しており、LN決済も徐々に利用が進み始めています。

Fidelity Digital Assetsによるレポート「The Lightning Network: Expanding Bitcoin Use Cases」ではLN決済の支払い成功率が非常に高く、決済速度は1秒未満と報告されています。

congateのレポートでは、同社のサービスに用いられるLN経由でのビットコイン決済の割合は2022年〜2024年の2年間で2倍以上に増加していると述べられています。

一方で、タイトルではLNが成功しているような書き方をしていますが本当に成功しているといえるのでしょうか?LNの代表的な問題点を2つ挙げます。

LNの問題点1: ノード運用ハードルの高さ

Lightning決済をしている人の中でLNノードを自前で運用している人はごく少数と推察します。

LNノード運用は決して容易ではなく、常にオンラインであることを求められ、電気代や通信費などのコストがかかります。さらにチャネル開設には多くの資金をロックする必要もあります。

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Bitcoinフルノードサイズの遷移: Blockchain.com -Avarage Block Size-

フルノードの容量も700GBを超え、最低でも1TBのストレージは見積もっておく必要があります。

また、ノード運用をした上で、チャネルの管理などの操作には専門的な知識を要します。

また、LNノードを運用しているハードウェアは常にセキュリティリスクにさらされています。ハードウェアの故障により資金の損失の可能性も拭えません。

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真にLN決済を試みると相当なハードルを超える必要があります。

LNの問題点2: ネットワークの集中化

LN グラフの可視化 / 出典: 1ML.com

Lighntning Networkでネットワークの集中化が起きていることを問題する人もいます。

LNのネットワークの送金には、LN送金の中継者が十分な資金をチャネルの保有している必要があります。2020年のJian-Hong Lin らの研究では、大規模なチャネルを多数保有し、多額の資金をロックできる企業運営ノードがネットワークの中心的な役割を担っており、結果として一部のノードがハブ化する傾向が見られると指摘されています。

こうした中心化の傾向は LN の発展初期の過渡的な現象であり、時間とともに分散化が進む可能性を示唆しています。しかし、現在も大規模ノードへの流動性集中が依然として残っており、明確な分散化の進展はまだ見られないのが実態です。

新しいLayer 2ソリューション

昨今ArkやSparkが注目され、徐々にウォレットサービスで採用・検討されることが多くなってきました。SparkはWallet of satoshiに採用されており、ArkはArkade, secondなどによるウォレット開発が進んでいます。ArkやSparkもLayer 2ソリューションであり、サービスプロバイダーへの部分的なトラストを前提としたオフチェーンでのトランザクションのやり取りによるスケーリング方法の一つとして捉えられます。

Arkの議論の起源をUTXOを複数人でトラストレスに共有する Join Pool と考えると2020年代前半です。Sparkの起源はLayer2ソリューションの一例でも挙げたStatechainsであり、2018年前後が初出です。

これらのプロトコルは提案当時はあまり注目されていませんでした。その理由としては、技術的に実現可能な範囲が限られていたのも要因ですが、Bitcoin初期の非中央集権を強く重視する思想では部分的なトラストが発生する仕様が受け入れられなかったという点が大きいと考えます。

決済手段の選択肢とスケーリングソリューションの多様化

Bitcoinのユーザーが多様化する今「中央集権的な既存金融へトラストに対する」に対する興味より、デジタルマネーとしての新規性や決済の利便性に重点を置くライト層に向いた決済手段が現れることには筆者としては楽観的です。また、オンチェーンに書き込むトランザクション数を減らすという点でも重要なスケーリングソリューションの一つだと言えます。

選択肢が広がることでユーザー自身の信条に合ったウォレットを選択することができ、同時にユーザーの分散も期待されます。すべてのユーザーに対してBitcoinにおける非中央集権的な思想を強制するのではなく、さまざまな思想を受け入れユーザーの需要に合ったウォレットを選択できることは寧ろ理想的です。

Layer 1はトラストレスな思想を重視したまま、Layer 2でさまざまな思想やアプリケーションが生まれることが理想的であるというのが筆者の考えです。

まとめ: Bitcoinの問題解決能力への信頼

本記事の内容のまとめです。

  • スケーラビリティ問題の本質は、1MBブロックではトランザクション増加に追いつかず遅延・手数料高騰が発生する。
  • ブロックサイズ拡大は一案だったが、中央集権化リスク・セルフィッシュマイニング助長・ハードフォーク必須などの重大な副作用があった。
  • Layer2という新アプローチが登場し、オンチェーン負荷を軽減しつつスケールする方向へ議論が移行。
  • Lightning Networkはmalleability問題により長く実現困難だったが、2017年のSegWit導入で実装可能となった。
  • SegWit と伝搬高速化技術により、実質的にブロック容量が拡張されつつ分散性も維持された。
  • Lightning Networkは広く利用され始めている一方、ノード運用ハードルの高さ・流動性の中央化などの課題が残っている。
  • Ark / Spark など多様なLayer2が登場し、ユーザーが思想や利便性に応じて決済手段を選択できる時代に向かっている。

決済インフラとしての成長をリアルタイムで観察できるのは貴重な体験ができていると感じます。リアルタイムで見てきたからこそ、現在問題視されているBitcoinにおけるさまざまな問題も、解決できないことはないと信じることができます。

参考文献

[1] 野村総合研究所, ブロックチェーン技術の未解決問題, https://www.nri.com/jp/knowledge/book/20180122.html
[2] Andreas M. Antonopoulos, Mastering Bitcoin, https://github.com/bitcoinbook/bitcoinbook
[3] Andreas M. Antonopoulos, René Pickhardt, Mastering Lightning Network, オライリー・ジャパン, https://www.oreilly.co.jp/books/9784814400140/
その他の参考文献は文中にリンクとして記載しています。