レンチ攻撃(5ドルレンチ攻撃)という言葉はご存知でしょうか。ビットコインをオンラインの脅威(ハッキング)から守る方法としてコールドウォレットの利用は非常に強力ですが、万全に思える技術的な対策も物理的な暴力の前には歯が立たちません。レンチ攻撃は、そういう趣旨の有名な2コマ漫画から取られた「直接的な暴力によって仮想通貨を奪う攻撃」を指す表現です。

「仮想通貨オタクの妄想:こいつのPCは4096ビットのRSAで暗号化されている!何百万ドルかけても復号できない!」「現実:こいつのPCは暗号化されている。パスワードを吐くまでこの5ドルのレンチで殴れ」(出典:xkcd)

ここ数年、世界中でレンチ攻撃が増えています。セルフカストディの専門家であるJameson Lopp氏の集計によると、今年は2024年比でレンチ攻撃が+169%も増えているそうです。特にフランスにおいてはLedgerの創業者が誘拐されるなど、毎月のようにショッキングな誘拐事件が発生している印象があります。

2025年 フランスにおける代表的な仮想通貨関連の誘拐・監禁事件

特に2025年前半は日本の闇バイト事件を彷彿とさせる、首謀者がモロッコにいて手口も凶悪な事件が目立った

日付 被害者 概要 結末
1月1日 ドバイ在住の仮想通貨インフルエンサーの父親 母親とその娘は自宅で監禁、父親は誘拐され、ガソリンをかけられ車のトランクに監禁 警察官がガソリンスタンドで職務質問すると犯人らは逃走、父親はトランクから救出された
1月21日 Ledger共同創業者のBalland氏と妻 別々の場所に連れ去られ監禁。共同創業者に身代金要求。Balland氏は指を1本切断される 身代金支払い後、特殊部隊により解放。身代金も回収、犯人逮捕。首謀者は後にモロッコで逮捕(☆)
5月1日 仮想通貨長者の父 パリ市内で4人組によってバンに押し込まれ誘拐、息子に10億円程度の身代金要求。指を1本切断される 警察が場所を特定し救出・犯人逮捕。首謀者は後にモロッコで逮捕(☆と同一人物)
5月13日 仮想通貨企業の社長の娘と孫 パリ市内で3人組によってバンに押し込まれそうになる 夫と抵抗し、犯人は逃走し未遂に終わる
5月26日 仮想通貨起業家 目出し帽の男10人が標的を誘拐するために2台の車に分乗して標的を監視していた 警察により未然に逮捕。首謀者は後にモロッコで逮捕(☆と同一人物)
6月13日 TikTokで活動のトレーダー 帰宅中に4人組により誘拐、身代金要求 ウォレットを開かせたら金額が小さかったので犯人により解放
12月1日 ドバイ在住の仮想通貨起業家の父親 4人組により路上で誘拐、身代金要求 犯人により解放。身代金が支払われたかは非公表

上のxkcdの漫画には一理あります。実際に暴力に直面したとき、誰しも命が最も大切なので、ビットコインを差し出すしかない状況になり得ます。これは自己管理(セルフカストディ)のビットコインに限らず、取引所からも出金を強制させられる可能性があるのですべてのビットコイン保有者が考えておかなければならない問題です。

今日はレンチ攻撃についてデータ分析によってその傾向を把握し、ビットコイン保有者が資産と命を守るために取ることのできる対策を挙げていきます。また、将来的にこれらの対策を取るビットコイナーが増えることで攻撃に対する抑止力にもなるので、自身では必ずしもハイリスクではないと考えていても、可能な範囲で取れる対策は取っておくことが重要です。

💡
ただし重要なのは、レンチ攻撃自体はショッキングなため印象に残りやすいですが、フィッシングやウィルス感染、取引所のGOXなどと比べると非常に発生数が少ないことを認識し、優先してそちらの対策をすることです。昨年末に原さんが執筆した記事『暗号資産取引所を利用する上で取るべきセキュリティ対策とは』の内容に加えて、セルフカストディには画面のあるハードウェアウォレットを使用し、シードフレーズは決してどこにも入力したり電子的に保存しないことを実践してください。

・レンチ攻撃の傾向:最も遭遇する可能性の高い状況は?

・命と資産の両方を守るために取れる最も効果的な対策とは

・レンチ攻撃はこのまま増えていくのか?