今日はビットコインにも深く関係のある人物やプロトコルが色々登場するが、ビットコインに直接関係のない話をします。検閲耐性の話です。
ビットコインは検閲耐性を高めるために非常に堅牢に設計されています。マイニングにはマイナー間の競争があるため、特定のトランザクションがブロックチェーンに含まれないようにするのは現実的には不可能です。また、ビットコインノードは比較的軽量に動作するため、誰でも立ち上げて自分自身で送金の確認やトランザクションの配信などが直接でき、検閲できる立場の参加者がいません。
このように、ビットコインの中心的なコンセプトの1つが検閲耐性です。その極端な例として、インターネットが遮断されてもビットコインは使えるのか?というテーマが話題になったこともありました。その当時の記事です↓
インターネットの遮断というものは日本に住んでいると天変地異のように感じますが、政治情勢が危うい途上国などでは時折発生しています。この半年で以下のような事例がありました:
ネパール:2025年10月、特権階級の子息の海外での派手な暮らしぶりがSNSで炎上したのを受け、政府がSNSへのアクセスを遮断。これに反発して若者がデモに参加、死者が70人を超える事態に。
ウガンダ:2026年1月、現職が7期目の当選を目指す大統領選が迫る中、政府がインターネットの遮断を決行。
イラン:2026年1月、政府の鎮圧により3000人(政府発表)~1万2000人以上(反体制メディア発表)もの死者が出た反政府デモが続くイランではインターネットが2週間以上遮断。スターリンクの伝播さえも妨害されている。
これらの国はそれぞれインターネットの遮断を行いましたが、それ以外にも1つの共通点があります。それは、これらの国でBitchatというメッセージアプリが脚光を浴びたことです。今日はインターネットが遮断されていても活用できるBitchatがどういう背景で生まれ、Nostrを組み込んでいることでなぜ過去の類似アプリより強力なものになっているか解説します。
Bitchatとは?概要と利用状況
Bitchatを簡単に説明すると、アプリ利用者同士の端末をつなぐBluetoothのメッシュネットワークを使った、オフライン・P2Pメッセージアプリです。インターネット経由ではなく、10~50mほどまで届くBluetooth Low Energy(BLE)の圏内のユーザー同士が受け取ったメッセージをそれぞれに伝播させていく形です。
公式サイト
発信したメッセージは端末から端末へと伝播していくので、経路となるユーザーがお互いのBLE圏内に存在していれば、理論上は何km先まででもメッセージを届けることができます。

この仕組みがインターネットに依存していないため、インターネットが遮断されているときに政治デモやフェスなど同じ場所にいる集団がコミュニケーションを取ったり、あえてインターネットから隔離されたローカルなコミュニケーションを取りたいときに有効です。しかもIDは使い捨てることもでき、DM機能はエンドツーエンド暗号化されているので匿名性という意味でもそこそこ使えます。
BitchatにはNostrを使ったオンラインチャットルームの機能もあり、インターネットがつながる環境であれば半径200m・1.2km・4.9km・39.1km・1250kmといった広域のGeohash Channelsというチャンネルに参加することができます。実際に自分がいる場所とは異なる地域のチャンネルにも参加できます。
これなら、ある程度広域のローカル掲示板的な使い方もできます。実際のところBitchatのユーザーはそれほど多くないのか、インターネットを必要とするGeohash Channelsの利用はあまり活発ではなさそうですが。一応チャンネルの利用状況も以下のマップから確認できます。

当然、BLEを使ったオフライン・P2Pの利用状況はその性質上、外部から確認することは不可能なので計測するのは難しいところですが、Bitchatアプリ自体はGoogle Playで100万ダウンロード以上されています。App Storeはダウンロード数は非公開ですが、レビュー数でいえばGoogle Playの6分の1ほどあります。冒頭で紹介した国ではおそらくAndroid端末が主流なためでしょうか。
普段使いは厳しいアプリですが、特定の条件下では特異な価値を発揮します。
バックにいるのはジャック・ドーシー
実はこのBitchatというアプリ、ビットコイン界隈でもおなじみのBlock社創業者・ジャック・ドーシーが背後についており、iOS版をジャック・ドーシー氏本人が、特にeCashの開発に携わるビットコイン開発者calle氏がAndroid版を開発しています。短期間でこれだけ注目されていますが、リリースはつい最近の2025年7月でした。
なぜジャック・ドーシーはBitchatを作ったのか?
さて、ジャック・ドーシーがビットコインやNostr、SNSに関心があることはある程度広く知られています。なので、Bitchatも単純にその延長線上のプロジェクトの1つと捉えられるかもしれません。
しかし、実はジャック・ドーシーは検閲耐性のあるSNSというものにTwitterより前から関心があり、Bitchatはむしろ彼の根底にある思想に近いアプリなのです。創業期のメンバーである@Dom氏がTwitterの起源について語っている記事にヒントがあります。
Twitterの源流は反体制SMSツール?
実は創業期のTwitterはテキストメッセージ(ガラケーのSMS)にグループ機能を追加するような発想のプロダクトでした。今ではグループチャットは当たり前ですが、当時のガラケーでは実現が難しかったためです。(ガラケーでもメール機能が使えた日本と異なり、欧米ではSMSが主流だったのも要因だと思います)
そこで先行事例として同じく創業期のメンバーである@Rabble氏と@Blaine氏が研究し、社内で議論していたものにTxTMobというSMSツールがありました。TxTMobはいわゆるメーリングリストのSMS版で、ユーザーはあるグループに参加するとそのグループ宛のSMSが全て配信されてきたり、自分でSMSを配信することもできました。TxTMobは2004年のアメリカ民主党大会・共和党大会やウクライナのオレンジ革命でデモ隊の間の連絡手段に使われたそうです。
代替手段の普及によってTxTMobは使われなくなってしまいましたが、Twitterの源流はTxTMobにあるとする記事が多数あることからも彼らが強く影響を受けていたことは間違いないでしょう。
災害時のインフラとしても有用
Twitterはその後も有事の連絡手段としてのインフラという側面を持ち続けました。日本で馴染み深いのは東日本大震災でしょう。
日本では「あけおめメール」「あけおめコール」のような文化のため、年末年始に電話がつながりにくかったりする状況が昔からありましたが、大地震が起きると安否確認の連絡が殺到することで通話が連絡手段として役に立たないケースがあると認知されるようになり、代替の連絡手段を求めるムーブメントが置きました。LINEが爆発的に普及したのもこの頃ですが、同じくらいTwitterも災害時の情報共有手段として活用されていました。
検閲されない連絡手段は市民の強力な味方
世界でいえば同時期にアラブの春も大きなムーブメントでした。当時自分は高校生でしたが、カイロ・タハリール広場に集まる市民の様子を毎晩のようにアルジャジーラで見ながら友達とSkypeで談義していた思い出があります。そんな反政府デモ隊も連絡手段としてTwitterを使っていました。
2021年にTwitterの経営から退いた後には、ジャック・ドーシーはTwitterは世界中で政府からの圧力を受けていたと明かしており、分散型SNSであるNostrやBlueskyの開発を支援しています。それも「Twitter社がプロトコルレイヤーをコントロールできないSNSであれば、圧力をかけても特に対応できることがなくなる」との思いからです。
そういうジャック・ドーシーとTwitterの来歴を考えると、彼がオフラインの反政府活動にも使える検閲耐性メッセージアプリを作ることは当然だったと思います。
Bitchatと過去の類似アプリの違い
Bitchatの仕組みについては既に軽く触れましたが、詳細はホワイトペーパーがGitHubにホスティングされているのでそちらをご確認ください。基本的には「Nostrと同じようなメッセージを」「Noise Protocol Frameworkで暗号化し」「効率的なゴシッププロトコルで」「BLEを使って届ける」ものです。
BLEを使ってメッシュネットワークでメッセージを伝播するという設計のアプリ自体は10年以上前から他にもあります。2014年に香港の反政府デモで使われたFireChatというアプリと、同じく2019年の香港の反政府デモで使われたBridgefyというアプリが代表例です。
これらのアプリはインターネットを経由せず、匿名でオフラインで情報共有に使えたため、監視能力が高い香港政府(中国政府)に対抗する上で重要な技術でした。

では、Bitchatはこれらのアプリの焼き直しなのか?というと、実は優れている点があります。
Bitchatではインターネット経由のGeohash Channelsだけでなく、BLEを通してやりとりされるローカルなメッセージも実はNostrで使われているのと同じメッセージ方式が使用されています。これによって相互運用性が非常に高いのです。
例えばインターネット遮断の状況下でも、ごく一部の人間がインターネットに接続できることはよくあります。スターリンクを持っていたり、海外の携帯キャリアを使っていたり、特権階級だったり、隣国からの電波が入る場合です。そのとき、その人への経路があるBitchatユーザーも、メッシュネットワークとインターネットをブリッジしてもらってNostr経由で海外と通信できるかもしれません。
使える技術はインターネットだけではありません。LoRaという長距離無線通信技術は数km先まで届けることができるので、ローカルのメッシュネットワーク同士をLoRaに対応した端末がブリッジして遠くのコミュニティと連絡する、あるいはそのさらに先でインターネットまで接続できるようになるかもしれません。既にBitchatとLoRaのブリッジを作ったユーザーがいます:

このような技術が一旦普及してしまえば、世界中の独裁政権がインターネットの遮断という手段を容易には取ることができなくなります。BLEとNostrの組み合わせであるBitchatには、情報通信社会において通信にパーミッションが必要なのはおかしい、検閲されることのないインフラを作りたいというジャック・ドーシーの思いが反映されているのではないでしょうか。
そして、ビットコインはまさにパーミッションレスな価値移転プロトコルなので、通信の検閲耐性の向上の恩恵を受けます。そういう意味でも、Bitchatにはロマンを強く感じます。


